1/10 0:00 クラファン、始めます。

 
今日は有給を取って、
年末に受けた大腸内視鏡検査の結果を聞きに、
市内の総合病院へ行ってきました。

内科の、診察室が並ぶフロアの中待合室で、順番待ちをしていたときです。
突然、「あー」「おー」という大きな声が聞こえてきました。

背もたれの高い車いすに乗った、高齢のおばあさんでした。
たぶん、普段はほぼ寝たきりなんだろうな、という感じの。

何かを訴えているのか、もう別の世界で話しているのか、分からない。
なんだか、見ちゃいけない気がして、ずっとスマホを見ていました。

そして一番に思ったこと。
「もしかしたら自分もあんな風になるかも知れない」

今の日本では、自分で「尊厳死」を選ぶことはできません。
判断できなくなっても、動けなくなっても、
基本的には「生かされ続ける」前提です。

誰かを責めたいわけじゃありません。
制度がどうこうという話でもない。
ただ、ボケて、意思も示せなくなって、
生かされて、終わりの見えない時間が続いて、
その間ずっと、家族にお金も気力も削らせる。
それを想像した瞬間、もう絶望しかありませんでした。

できるなら、
自分で考えられて、判断できて、
まだ「自分」でいられるうちに終わりたい。
きれいじゃなくても、それが本音です。


ラシックをやっているのは、
死にたいからじゃありません。
むしろ、生き方の話です。

誰にも気づかれずに時間が過ぎるのは嫌だし、
家族にあとを丸投げするのも嫌。
だったら、せめて「気づいてもらえる仕組み」を作りたい。

だから、もう一度クラファンに挑戦します。

1/10 1:00 スタート。
今日は、そんな一日でした。

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